2019年01月08日

アンコールワット記8 Banteay Kdei

鬱蒼とした参堂を抜けると、つっかえ棒だらけの僧院のテラスに半裸の白人達、

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此処はヒンドゥ様式と仏教様式が混交していると言われるが、
何処がどの様に混ざっているのか皆目判らない。

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此処のデバターも見応えがある。

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アンコールワットの至る所で見られるリンガ(男根)の台座が此処でも辺りを払っている。
世界創造のシヴァ神を表したものだそうだ。

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ナーガ(蛇神)の欄干でじっと読み耽る少女、
この神殿の謂れを紐解いてるに違いない。

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アンコールワットやアンコールトムのバイヨンでは
日本人の姿を見飽きるほど見たが、
この辺りで見掛けるのは白人ばかりだ。
日本人の観光ルートから外れているのだろう。

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首を垂直に持ち上げたナーガ、
きっと毒蛇だろうが、
宇宙世界を支えているのがナーガなのだそうだ。

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2019年01月05日

アンコールワット記7 Ta Prohm

此処は発見された当時の破壊されたままの姿で保存されている、と知られている。

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デバターの歓迎、
右のデバター、アンコールワットのデバターより一寸生っぽい。
良く見ると緑色の苔。

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中へ一歩入って、
ウオッー、思わず唸る。

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第一印象、地獄。
縦横無尽に王の尊厳を荒らしまわる樹木、
スポアンと言う榕樹だそうだ。

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まさに人為と自然との闘い。
1000年の年月で石さえも朽ち始めるが、
生き物は命をつなぐ。
この樹木たちは何代目だろう。

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2019年01月03日

アンコールワット記6 Ta Kev

名前の意味は「クリスタルの古老」。
造営途上で放置されたままの姿だ。
そのせいか、或いは意図的にか、
壁面装飾が殆ど施されていない。
それがかえって、一抹の静寂さを醸し出している。

この窓などはどのように仕上げるつもりだったのだろうか。

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当時の石組みの手法などが垣間見られ
建築手法研究上は貴重なのだそうだ。

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造営途上で放置された理由には諸説がある。
11世紀の初めジャヤヴァルマン5世が造成を始めたが、
王の急死により作業が中止された、
或いは、作業中に落雷があって縁起が悪いと中止された、
他の権力者によって王が放逐された、
とか諸説があるが最後の説が有力らしい。

11世紀初頭、アンコール王朝は王位継承で混乱したらしい。
世襲ではなく実力での王位継承だったのだ。

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アンコールワット造成はこれより100年以上後になる。
当時としては最大級の建造に取り掛かったのではないだろうか。
権力を握った王は王都と大寺院を建設し祭儀を執り行うのが義務であったのだ。
その義務を全うせず、
未完成で造営を放置せざるを得なかった王の無念さはいかばかりであったろう。

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2018年12月29日

アンコールワット記5
  パプオーン・王宮・象のテラス


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入れ口を入ると直ぐ17、8歳くらいの少年が横に並ぶ。
案内してくれるらしい、なにがしかのチップをやれば良いのだろう。
「日本人は此処で写真を撮るよ」
と教えてくれたのが空中参堂の下の部分だ。


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「ポルポトがみんな壊してしまったんだ」
と顔を顰め残骸を指差す。

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「こっちに面白い木があるよ」
確かに変わった木だ。

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4$渡すと少年はそそくさと森の中を駆け戻っていった。

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あちこちブラブラして門をくぐると広場に出た。
これが像のテラス。

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並んでいる塔が「綱渡りの塔」、プラサット・スウル・プラット。
王宮前に集まった観客に綱渡りを見せたと言う。

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王があのテラスの上で、
この道を凱旋して帰った兵士達、象の軍団を迎えたのだろう。
歓声がこだましてくる。

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2018年12月25日

アンコールワット4 アンコールトム

迂闊にも此処がバイヨンと知ったのはその時だ。
良く写真で見る巨像群が微笑んでる!

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目と鼻の先に乱立する四面観音菩薩像、

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おおろかな微笑の中に、
満ち満ちた威厳、溢れる自信、包容力すらも感じる。
クメール王朝の全盛を謳歌しているのだ。

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アンコールワットが12世紀前半の建築、
アンコールトムが12世紀後半から13世紀初めの建築、
たったの100年足らずだ。
代々の王は王権の神格化を城都造営の形で国民に示す、
これが不文律だったそうだ。
この地域だけで63箇所の遺跡があるという。
造営に次ぐ造営で国力が次第に衰え、
当時、南下途上にあったタイ族との戦いにも敗れ、
1431年にはクメール王朝はアンコールワットを放棄したとの事である。

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カモシカのような黒人女性、
暫く、菩薩像との取り合わせ写真を狙う、が。

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2018年12月23日

アンコールワット7 アンコールトム その2

城門の頭部は四つの四面佛顔の観世音菩薩
ここが人間世界から神の世界に入る入れ口なのだ。

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彫が深く緻密な浮き彫りがずらりと並んでいる。

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当時の庶民生活が生き生きと描かれている。

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2018年12月19日

アンコールワット6 アンコールトム

午前のアンコールワットの脇を通り過ぎ軽快に走ると奇怪な門。
道の両脇に立ち並ぶ巨人像、
その向こうに車が一台やっと通れる入れ口、
これがアンコールトムの南大門と知ったのは後のことだ。

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左に並んでいるのが神々、右手が阿修羅だとか。

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この像達も一つ一つ違う顔をしている。
西安の則天武后の墓を思い出す。
規模こそ劣るが共通点があるように思う。

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ここは陸橋になっていて、
陸橋の両側の巨人像がナーガ(大蛇)をしっかりと引き合う。
更に両側の環濠はたっぷりと水で潤っている。

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2018年12月15日

アンコールワット5 天を突くアンコールワット その4

第一回廊のに戻り壁画を観る。
東西200mx南北180mの四面に絵巻物が展開する。

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古代インドの叙事詩「マハバータラ」「ラーマーヤナ」、
古くからインド文化が定着し
クメール人たちの心の支えになっている勧善懲悪の物語だ。
「天国と地獄」「乳海攪拌」等等、
ぐるぐる廻っているうちにどれがどれだか判らなくなった。

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日本語のガイドがつばを飛ばしているのは日本人の落書きの前、
1632年に書かれた落書きが日本人相手の格好の見所となっている。
生々しい墨書、
鎖国令の敷かれるその時に、丁髷姿でこんな所まで来ていたのだ。
どんな目的で来たのだろう。
まさか、物見遊山ではあるまい。

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後ろ髪を引かれるように引き返す。
浮き彫りの詳細にも未練が残るし、
デバターも十分に撮り切れていない、
朝夕、季節で姿を変えるであろうし。
何時か長期滞在してじっくりと取り組みたいものだ。

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戻り口で花嫁花婿に出会う。
花嫁の横顔はデバターの様に福福しい。

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2018年12月12日

アンコールワット5 天を突くアンコールワット その3

当時、アンコールワット朝はインドシナ半島中央部の大部分を領土としていたと言う。
としても、この巨大な建造物を造るには
それなりの強力な政治、経済基盤が必須で有ったであろう。

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もう、凄いとしか言い様が無い。
幾つかのアンコールワット関係の本を拾い読みして幾らかその謎が解けて来た。

やはり、自然の恵みだ。
温暖な気候、大平原、豊富な水、に基づく農耕栽培。
樹林からは自然の果物、植物、薬、家具工具材料。
そして湖からは豊富な海の幸。
加えて、雨風だけを凌げればよい住居環境。
適当な人口密度。
種を播けば収穫できる自然環境の中で
豊かな、おおらかな自給自足生活が可能だった。
その余剰の富がアンコールワット朝の形に集約したのだ。

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2018年12月10日

アンコールワット4 天を突くアンコールワット その2

柱や壁が朱色で塗られていた当時の面影が残る。
さぞかし豪華絢爛な宮殿?寺院?お墓?で有った事だろう。

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柱、連子窓の造形が眼を引く。
これらの石組みの技術、美的センスは尋常ではない。

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遺跡のあちこちで見られる連子窓、
単に採光や通風機能だけでなくデザインにも気が配られている。

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何百年のも間、こんな密林に眠っていたのだろう。
1860年、
アンリ・ムーアと言うフランス人に発見されるまで、
僅かな地元民の土着信仰の場だけであったと言うがとても信じられない。

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